長野原草津口駅

太子線の歴史

かつてこの駅が、「長野原駅」と呼ばれていた頃、長野原から六合(くに)村の太子(おおし)という地区まで延びる支線が存在しました。そもそも、吾妻線が「長野原線」と呼ばれていた頃は、長野原を経由して太子に至るその路線(当時は貨物線でした)こそが、本線だったといいます。

時は流れ、かつて重要な貨物拠点だった太子駅は、休止扱いとなり、事実上廃線となりました。

今回は、長野原草津口~太子の支線跡を、徒歩とバスで辿ります。

駅周辺の様子

建設中の八ッ場ダム
八ッ場ダムの湖上横断橋。

長野原草津口駅は、有名な草津温泉へのアクセス駅として、吾妻線で際立って賑わっています。また、現在沿線で、八ッ場ダムの工事が着々と進んでいますが、長野原駅周辺でも、代替地の造成が進められています。

長野原草津口駅のホーム
長野原草津口駅に到着。
長野原草津口駅の改札口
観光客が多いためか、改札口が立派。

地形はかなり厳しく、川によって形成された深い谷に沿うように、くねくねとした山道が作られています。

八ッ場ダムの工事が進む
吾妻川の護岸工事と橋の建設が進んでいます。

ちょっと細い川を渡ろうと思っても、足がすくむくらいの高さになってしまうので、橋をかけるのも大変そうです。現在、くねくねとした国道を、まっすぐな線形に整える工事が進められていますが、崖を切り崩して橋をかけたりと、かなりの難工事に見えます。

白砂川橋梁

太子線の分岐点
支線はこの辺りから右へ分岐していました。

白砂川には、かつて太子支線で使われていた橋梁が、今も掛かっています。橋梁は鉄骨や枕木がそのまま残り、その手前には、高架の名残と思われるコンクリートの土台も立っています。

土台の遺構
橋梁の土台跡と思われる構造物。
廃線跡のガーター橋
赤いガーター橋が遺っています。

白砂川は、岸壁が削られて深い渓谷になっており、川面から橋梁までかなりの高さがあります。橋梁は封鎖されていないため、渡ることも不可能ではありませんが、鉄骨を踏み外すと、間違い無く助からないので、今回はやめておきました。

橋の向こう側へは、車道の橋を渡って横道に入れば、すぐです。なお、近くに須川橋のバス停があります。

草木に覆われた対岸
ガーター橋の対岸は、草木が茂っています。

反対側はフェンスで封鎖されていて、背丈の高い雑草が生い茂っているので、進入はほぼ不可能でした。

廃線跡の道路
生活道路として転用された廃線跡。

橋梁を見た後は、そのまま道なりに進んでいきました。この辺りは、廃線後、道路に転用され、数軒の民家と、国交省の施設・職員宿舎などが立ち並んでいます。

未舗装路の始まり
舗装路が終わりました。

しかし、舗装路はあっという間に終わり、太子支線最初のトンネルが姿を現します。

次のページ:「封鎖されたトンネル」

八ッ場ダム
湖上横断橋を下から見上げる。
代替地造成の看板
代替地造成を知らせる看板。
ガーター橋の全景
橋の遺構が見えます。
特急草津
特急草津が通過しました。
白砂川の渓谷
深い谷になっていて、足がすくむ。
探索日
2010/03/06

注意) 廃線跡は安全が十分に確保されていない場合があります。廃線探索は、各自が自己責任において行ってください。

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